刺身、煮物、焼き魚、そばつゆ。日本の食卓で醤油を使わない日はないといってもよいほどです。この身近な調味料は、どのようにして生まれ、全国に広まったのでしょうか。
ルーツは「醤(ひしお)」
醤油の源流とされるのが、「醤(ひしお)」と呼ばれる発酵調味料です。食材を塩漬けにして発酵させたもので、古代中国で発達し、日本にも伝わりました。原料によって、穀物を使う「穀醤(こくびしお)」、魚を使う「魚醤(うおびしお)」、野菜や海藻を使う「草醤(くさびしお)」などがありました。
奈良時代には、宮廷の食事を担う役所に醤づくりにかかわる役職が置かれていたことが知られています。醤は、古代の日本ですでに重要な調味料だったのです。
味噌の桶にたまった液体
醤油の誕生にまつわる伝承として有名なのが、紀州(現在の和歌山県)湯浅の話です。鎌倉時代、中国の宋で学んだ僧の覚心(かくしん)が、径山寺(きんざんじ)味噌の製法を伝えました。その味噌づくりの過程で、桶の底にたまった液体を調味料として使ったのが、醤油の始まりになったと伝えられています。
この話には伝承の要素も含まれていますが、湯浅が古くからの醤油醸造の地として発展したことは確かで、現在も「醤油発祥の地」として知られています。
「醤油」という言葉は、安土桃山時代に刊行された辞書『易林本節用集(えきりんぼんせつようしゅう)』(1597年)に見えるのが早い例とされています。
関西から関東へ
江戸時代の初めごろ、江戸で使われる醤油の多くは、上方から船で運ばれる「下り醤油」でした。上方の醤油は品質が高く、江戸でも上等な品として扱われていました。
その後、利根川水系の水運に恵まれた下総国(現在の千葉県)の銚子や野田で醤油づくりが盛んになり、江戸の人々の好みに合う香りの強い「濃口醤油」が発達します。江戸時代後期には、関東で造られた醤油が江戸の市場の多くを占めるようになりました。
一方、播磨国の龍野(現在の兵庫県たつの市)では、色が淡く、素材の色を生かせる「淡口(うすくち)醤油」が発達し、京料理をはじめとする関西の料理を支えました。
醤油の主な種類
日本農林規格(JAS)では、醤油を製法や特徴によって次の5種類に分けています。
| 種類 | 主な特徴 |
|---|---|
| 濃口醤油 | 生産量の大部分を占める最も一般的な醤油。香りと色のバランスがよい |
| 淡口醤油 | 色が淡く、塩分はやや高め。素材の色や風味を生かす料理に向く |
| たまり醤油 | 大豆を主な原料とし、とろみと濃厚なうま味がある。中部地方で多く造られる |
| 再仕込み醤油 | 塩水の代わりに生揚げ醤油で仕込む。色・味ともに濃厚 |
| 白醤油 | 淡口よりさらに色が淡く、小麦を多く使う。甘みがある |
海を渡った醤油
江戸時代、いわゆる鎖国のもとでも、長崎の出島を通じてオランダとの貿易は続いていました。この貿易を通じて、醤油はヨーロッパへも運ばれています。輸出用の醤油は「コンプラ瓶」と呼ばれる陶器の瓶に詰められ、瓶にはオランダ語で「日本の醤油」を意味する文字が記されていました。
現在では、醤油は世界各国で生産・消費される調味料となり、日本の食文化を海外に伝える存在の一つになっています。醤油づくりを支える麹と発酵の技術については「発酵が支えた日本の食卓:味噌・納豆・漬物の歴史」もあわせてご覧ください。
まとめ
- 醤油のルーツは、古代中国から伝わった発酵調味料「醤」
- 紀州湯浅では、味噌の桶にたまった液体が醤油の起源になったと伝えられる
- 江戸時代、上方の「下り醤油」から、銚子・野田の濃口醤油へと中心が移った
- 龍野の淡口醤油など、地域ごとに特色ある醤油が発達した
- 江戸時代にはすでにヨーロッパへ輸出されていた
一滴の醤油には、古代から続く発酵の技術と、各地の醸造家が積み重ねてきた工夫が詰まっています。